ジオグランデ六甲
物件概要 資料請求
トップページコンセプト六甲の歴史ロケーションアクセス建築デザイン間取りモデルルーム設備・仕様スタッフ
紳士の国の人たちによって開かれた六甲山。 紳士の国の人たちによって開かれた六甲山。
英国人によって別荘地として開発され、 欧風のライフスタイルが育まれていきました。
六甲開祖之碑(明治45年)(神戸新聞総合出版センター蔵)
六甲開祖之碑(明治45年)(神戸新聞総合出版センター蔵)
開港後、まもなく来神した英国人貿易商であるA・H・グルーム氏は、1895(明治28)年、六甲山上に和洋折衷の別荘を建てました。ある週末、グルーム氏と友人たちとの間で「なつかしい母国を思い出して、ゴルフでもやってみようか」ということになり、1903(明治36)年にわが国初のゴルフ場「神戸ゴルフ倶楽部」を創設。彼のアルバムには、夏はゴルフ、秋には「マッシュルーム・ピクニック」と
呼んだ松茸狩り、冬には登山やスケートを楽しむ様子が残されています。これまでの日本になかったスポーツ・レクリエーションがここ六甲山ではじまり、西欧文化を取り入れた独自のライフスタイルが育まれていったというわけです。グルーム氏の功績を讃えて、1912(明治45)年に建てられた「六甲開祖之碑」は、六甲山への登山者のひとときの憩いの場でもありました。
創業当時(昭和4年)の六甲山ホテル
創業当時(昭和4年)の六甲山ホテル
戦前(大正9年)の阪急「六甲」駅
戦前(大正9年)の阪急「六甲」駅
阪神間の富豪たちが別荘や邸宅を構え、 近郊リゾートとして評判を高めていきました。
1920(大正9)年、阪急神戸線の開通によって六甲山への登山者はますます増加しました。阪神間に住む富豪たちにとっても恰好の避暑地になり、ここ六甲山に別荘や大邸宅を構えていったのです。
別荘地としての開発は阪神電気鉄道によって先鞭がつけられましたが、そのためには交通手段が
優先すると考え、摩耶ケーブル、六甲ケーブルなどの交通機関を充実させ、1934(昭和9)年に
「六甲オリエンタルホテル」を誘致しました。
一方、阪急電鉄は、1925(大正14)年に「六甲山ホテル」の前身である「六甲倶楽部」を開設。
「六甲山ホテル」となったのは1929(昭和4)年で、山荘風のモダンな洋式建築で注目を集めたといいます。
こうしたホテル文化が発達した背景に、阪神間富裕層たちの豊かな生活文化と気質があったのはいうまでもありません。
六甲をフィールドにそれぞれの 事業を展開してきた阪急、阪神。 こちらから
そして華やかな阪神間モダニズムが開花した。
六甲カトリック教会
六甲カトリック教会
六甲山麓の花崗岩と松による住宅地デザインは、 絵画などにも描かれています。
郊外住宅地として開かれていった六甲山麓の風景は、林重義の「六甲山」、大石輝一の「六麓荘風景」といった絵画や、谷崎潤一郎の「赤い屋根」「細雪」にも登場しています。風景描写の中で際立つのが、花崗岩と
松が織りなすランドスケープ。特に花崗岩は石垣や庭石に多く用いられ、日本の花崗岩の総称とされる御影石がここ六甲山麓で採掘されていたのです。そうした石垣と生け垣による邸宅文化はやがて六麓荘や苦楽園、甲陽園へと広がり、阪神間の良質な住宅地イメージを形成していきました。
六甲や住吉界隈では本御影石が多く積まれ、苦楽園や甲陽園では地場の石、そして仁川や逆瀬川では川石が積まれるなど、石垣のグラデーションが開発の変遷を物語っています。また、こうした石垣は六甲周辺に
点在する教会や教育施設などにも見られ、モダンゴシック様式をはじめとする佇まいと相まってそれぞれに趣のある景観をみせています。
日本の花崗岩の総称とされる御影石。
太閤秀吉によって築かれた大坂城の石垣は、近郊の御影、芦屋、生駒などから採石したと推測
されています。その後、徳川幕府による再築事業においても六甲花崗岩(御影石)が多く用いられました。一般的に御影石は耐久性が高く、表面のツヤが褪せにくいことから、外壁や石垣、敷石などに好まれて使われます。御影石は色調によって、白御影、赤御影、桜御影、黒御影などの種類がありますが、中でも桜御影や赤御影は硬度が高く、質がよいとされ、高級品として主に装飾用に使われています。
桜御影石
 桜御影石
現地周辺の街並み
現地周辺の街並み
恵まれた自然環境を背景に、いまなお 脈々と息づくもうひとつの顔があります。
富豪たちが愛した六甲周辺の風光明媚で健康的な環境は、交通アクセスの充実とともに教育関係者にも注目されました。神戸開港以降、来神した外国人によって「松蔭女学院(現:神戸松蔭女子学院)」、「六甲中学校(現:六甲学院)」などがつぎつぎと開校。1902(明治35)年には、官立高等商業学校「神戸高等商業学校」を開学の起点とする神戸大学が現在の地に開校したのです。
その後、神戸市は1965(昭和40)年、学校や図書館など文教施設の環境保全を目的に、灘区六甲台地区(約411.2
ha)を文教地区に指定。『ジオ グランデ六甲』は、その山手から広がるアカデミックな雰囲気を享受する恵まれた
場所に誕生。徒歩1分の六甲幼稚園をはじめ保育園や幼稚園が徒歩10分圏内、市立六甲小学校は徒歩2分にある
など、安心して通園、通学できる教育環境を備えています。
神戸大学
神戸大学
神戸松蔭女子学院短・大学
神戸松蔭女子学院短・大学
文教地区に指定されている「灘区六甲台地区(約411.2ha※)」に程近い恵まれた立地。
文教地区は、都市計画法で定める特別用途地区のひとつで、教育や文化活動をする上で、環境悪化につながる施設が規制されます。1965(昭和40)年に神戸市が指定した文教地区は、「灘区六甲台地区」、「東灘区本山地区」、そして「垂水区星陵台地区」の3カ所のみです。
以降、神戸市において文教地区に指定されたところはなく、稀少な住環境を有しているといえます。神戸市が定める「神戸市民の住環境等をまもりそだてる条例」の第18条によると、『文教地区内においては、次に掲げる用途に供するための建築物は、建築してはならない。
MAP ただし、市長が文教上必要があると認め、または文教上の目的を害するおそれがないと認めて許可した場合は、この限りではない。』とあります。その建築してはならない主な建築物とは以下のようなものです。
・ナイトクラブ、ダンスホールなど ・ホテル、旅館など ・劇場、映画館、演芸場など ・その他遊技場など



※1ha=10,000u / 約411.2ha=約4,112,000u
(約1,243,880坪)
 

ページのトップへ

[事業主(売主)・販売代理]阪急不動産 [事業主(売主)]阪神電気鉄道
お問い合せは・・・阪急不動産・阪神電気鉄道『六甲インフォメーション・サロン』
フリーダイヤル0120-8923-02 営業時間/午前10時〜午後5時(毎週水・木曜日定休)
携帯電話・PHSでもご利用いただけます。